俺とあの子と腕だけはいい板前

「じゃあ次ハマチくださーい」
「ハマチあれ!そうして地にハマチが満ちた…」
しょうもない繰り言をしながら、男にしては華奢な手指がひらめく。
「二貫じゃねーか!満ちてねーよ!」
「そりゃお前、いっぱい出したら満ちすぎちまう。ひとカン300メートルってな」
「エナジーフィッシュかよ!」
「それブリじゃない?…まあいいのか。ん!美味し!」
まあ、腕はいいんだ。
「アホなのに美味しいの、不思議なんだよねー。」
「寿司の神様に知性を捧げたんだ」
「貴様何故それを!」
「いや乗ってくるなよ!」
「ほんとアホね」
「タマゴで一息入れるか…」
あっしまった。いやな笑みだ。何かのスイッチを踏んだか…
「ターマゴ〜ターマゴ〜たーっぷりータ」
「何でも替え歌にするな!」
「ウケるー」
「ウケるな!」
こいつは本当に朗々と歌うから、毎度びびり上がってしまう。コレに慣らされるのってどうなんだろう、とも思うけど。
「んまいよ?食べないの?」
「おれのタマゴ返して」
 
「今日もごちでした!…そういやさ、板さんとどういう関係なの?」
「ああ、あれな、実は俺の初恋の人」
「えっ」
「昔はおかっぱの美人さんだったんよ…線もあの通り細いだろ?完全に女だったもんね」
「…ふうん」
 
「今でも好きなんだー」
「馬鹿言うなよ」
「あんなに美味しいのに、握ってるとこばっか見ちゃってさ」
よく見てますこと。
「負けそーだわ」
「ない、ない」
「ほんとかなあ」